あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

アニメ・漫画・小説・ゲーム等のフィクション作品の感想をゆるく綴ります。

【感想】『岡崎に捧ぐ』山本さほ

【前書き垂れ流し】

小学生の頃、毎日のように遊ぶ仲が良い友人がいた。仮にAとしよう。サッカークラブが一緒で、遊戯王のキラサーチを試し、ベイブレード販売店を探し、マリオカート64のショートカットを開拓するなどの日々を送っていた。3年生から6年生まで、都合4年間、大抵の時間はAといた気もする。そんなAだが、途中で苗字が変わった。家では年の離れた高校生くらいの兄と母が常に喧嘩をしていた(後に兄は少年院に入ったらしい)。そのAとも、中学が別々になった途端疎遠となった。Aは成人式の同窓会にも顔を出さなかった。Aの近況はまるで知れない。

「友情は永遠」なんて言葉は、今はもちろんあの時も信じていなかったのは確かだが、次世代ワールドホビーフェアで貰った正規のミュウをボックスに預けてレポートを書くタイミングで電源を切断して増殖させる荒業で一躍人気者になったり、近所の小さい神社の夏祭りに尋常じゃないほどの期待感と高揚感を抱いていたり、人の家に泊まることが最強無敵のイベントだと信じていたりした、小学生時分の私にとっては、Aや、その他の友人と疎遠になるなんて全く考えていなかった。「疎遠になるかならないか」という問いに「疎遠にはならない」と答えるというよりは、そもそもこういう日々に終りが来るという前提が無かった。

私自身はしがない地方公務員の家に生まれ、家庭にも概ね問題なく、健やかに育てられた(と思う)。が、Aはどうだろう。当時の私は鈍感で(今もだが)、Aの家庭的なバックボーンを微塵も察知していなかったと思う。兄と母の怒号の中、よくぞ無邪気に遊んでいたものである。恐らくAの家庭環境というものは、端的に「荒れていた」のだろう。

その後、私は中途半端な中高一貫の私立に進んだ。(私を含めた)生徒の殆どが比較的温室で育ち、99%が大学に進学して、自らが育った家庭と同じ中の上程度の生活を再生産することを目的とした人間ばかりが集まっていた。そんな私にとって、小学校というのは最初で最後の「環境のるつぼ」と呼べるかもしれない。「受験」というシステムは、同程度の学力で、同程度の目標を持った人間が選抜されて切り分けされる。生徒にとっても、「学力」「校風」といった視点から学校を選ぶ。勿論各々別個の人間で個性はあるが、そのバックボーンは類似的だ。一方小学校は、単に「学区」で振り分けられる。高級住宅街を主とした一部の学区においては、その家庭的なバックボーンは画一的になるかもしれないが、何の変哲も無い普通の学区では、混ざる。小学生の私はまるで気にしていなかったが、Aやその他の一部の友人は、夕方のニュースの特報で取り上げられるような、場合によっては事件につながるような、複雑な家庭環境だったのだろう。

岡崎に捧ぐ

で、ようやく本題の『岡崎に捧ぐ』の感想である。こんな長々とした益体の無い前書きを書いたのも、『岡崎に捧ぐ』の、特に1巻にやられてしまったからである。ぶっちゃけめちゃくちゃ面白い。
「幼馴染プライベート切り売り漫画」というジャンルの通り、著者山本さんの小学校来の幼馴染である岡崎さんに焦点を当てたエッセイ(風)漫画。1巻が小学生編、2巻が中学生編、3巻が高校生編である。山本さんのTwitterでの発言によると、岡崎さんが結婚することになったのが、この漫画を執筆するきっかけとなったらしい。
デフォルメされた絵が作風にあっているし、懐かしいアレコレやあるあるネタを見事にギャグにする安定感がすごい。数々のガジェットを登場させるだけでなく、それを遊んでいる彼女たちの姿を触媒としてノスタルジーを刺激してくる。また単純に、山本さんと岡崎さんの友情物語としても良い。

1巻。岡崎さんとの出会いから始まる小学生編。無駄に長くなってしまった前書きのようなことを無性に綴りたくなるような内容。懐かしいゲームやおもちゃ(バトル鉛筆、たまごっち、ファミコンetc…)に傾倒し、下らないことに真剣になる日々。「個性的」で、今思えば家庭環境に問題を抱えていたあろう同級生たち。そもそも山本さんが入り浸る岡崎さんの家からして、父は休職中でパンツ一丁で家に居るし、母はワイン片手にふらふらしてろくにご飯も作らない。で、それを気にせず遊び倒す山本さん。どこの小学生もやることや考えることは一緒だなぁと思う。その懐かしガジェットや体験を、ノスタルジーを感じさせつつ湿っぽくなりきらずに笑いに消化しているのがすごい。

岡崎に捧ぐ 1 (コミックス単行本)

岡崎に捧ぐ 1 (コミックス単行本)

2巻は、中学生編。基本的には1巻の雰囲気を踏襲しつつ、思春期ならではの話もちらほら。裾チャックつきジャージを先輩から貰ったことにして自分で発注する話はホント秀逸だった。JOJOパロディも含めて。「靴下のラインが1本はセーフだが2本は先輩に締められる」等、こういう独自的かつ全国共通の謎ルールも「あるある」だ。

岡崎に捧ぐ 2 (コミックス単行本)

岡崎に捧ぐ 2 (コミックス単行本)


3巻の高校生編は、ギャグテイストがやや鳴りを潜める。岡崎さんと別々の高校になり、岡崎さん絡みの話は少し減っていく。また、中学生までの、皆で馬鹿みたいなことをやって大笑いする、ということが少なくなる。周りの皆が大人の階段を時に自然に、時に意識的に上っていく。山本さんは、それに焦りや寂しさを募らせる。もうゲーム三昧の日々に付き合ってくれる友人はいないのか。
この3巻がたまらない寂寥感を投げつけてくるのは、1・2巻での馬鹿騒ぎがあってこそ。アルバイトで自由になるお金を得、足となるバイクを購入しても、小学生の頃のようなきらきらとした自由を感じられないことに思い悩む。


岡崎さんの結婚、というのがこの漫画の着地点だろう。そこに至るまでの山本さんと岡崎さんの思い出や山本さんの寂寥感、進化を遂げるゲーム等をどう描くのか、先がとても楽しみ。