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あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

アニメ・漫画・小説・ゲーム等のフィクション作品の感想をゆるく綴ります。

【雑記】今週のこと(2/12〜2/18)

日曜日。出勤。いつもの職場ではなく、年2回しか行かない場所。物凄く辺鄙で、自分の生活圏と微塵も被らないので楽しい。道中のブックオフで、近藤聡乃の『いつものはなし』を発見。即購入。装丁が良い。生活圏の中心である中野のまんだらけに無く、Amazonマケプレで定価を超えるような価格がついている作品が、場末(失礼)のブックオフで460円。こういう出会いがあるからブックオフも捨てたものではない。

いつものはなし

いつものはなし


通勤時間にチマチマ読み進めてきた長嶋有『夕子ちゃんの近道』を読み終える。長嶋有の日常描写や会話のセンスは何なのだろう。「良い…」としか出てこない私の語彙の無さと洞察力とは対照的。

長嶋有に関してはもやは形式というか小説が纏う雰囲気、流れる空気自体が好きな感があるので、何を読んでも無条件で好みと合致する部分が確実に存在する気がする。あんまり読んだことないけれど。漫画で言えば(私にとってだが)冬目景に近い。どんだけモラトリアムへの憧憬を引き摺っているのかが知れるチョイス。これからしばらくは長嶋有週間。

月曜日。前日に引き続き辺鄙な職場。涼宮ハルヒは野球観戦によって人間の多さに絶望したが、私は(昨日今日と訪れているような)何処にでもある少し寂れた地方商店街にそれを感じる。こんなマイナーな駅(失礼)でもそれなりに賑わっている光景を見ると、それぞれの何気ない生活が思い起こされ、それが日本全国で営まれていると想像すると、何だか途方も無い気分に襲われる。
モラトリアムを引き摺ってしょうがない同期と飲み、理想の不労所得という絵空事を各々夢想する。翌日も出勤という現実は不動。

火曜日。金曜日の夜みたいな月曜日を過ごしてしまったので、心身ともに疲れ果てた状態で労働。
長嶋有『泣かない女はいない』を読む。物流施設に勤めている身としては感じるものがある。

泣かない女はいない (河出文庫)

泣かない女はいない (河出文庫)

カルテット5話。第1章完。4人の路上演奏のシーンは良いなぁ。1話のすずめちゃんとの対比。この幸せな演奏が、第1章でのドーナツホールカルテットの到達点なのだろう。本音を隠した状態での、心の繋がりは手に入れた感じ。クラッシャー有朱はあらゆる意味でクラッシャー。本音を隠して絶妙なバランスで成り立っていたカルテットを、正論めいたものを吐いて壊して行く。巻の夫も遂に出てきて、第2章へ向けた助走も完了したのでは。来週からも楽しみ。

水曜日。来月の自分、なんていう自分が一番信用していないモノの力を借り、本・漫画を大量購入。いつ読むのか?いずれ。
それ町』最終巻を読む。素晴らしい傑作。一番好きな漫画かもしれない。この手の日常モノは、終わった時の喪失感が常だが、『それ町』は特に凄かった。エピローグ、二十歳で小説の賞を受賞した歩鳥がちゃんとシーサイドに入り浸っているようで嬉しい。変わるものと変わらないものがあって、どっちも尊い。日常とミステリSFの塩梅が絶妙でした。同時発売の『廻覧板』も充実。解説読みながら時系列に読み直したい。

木曜日。心を滅して業務に没頭。セブンイレブンの惣菜パンに嵌る。ハムカツという食べ物が堪らなく好きなのだが、普通のコッペパンにハムカツとからしマヨネーズを挟んだパンを発見した瞬間に購入。ハーモニーもへったくれもなく、雑に美味い。職場共用のミルクキャラメルを食べ尽くして恐縮。森永、ハイチュウといいキャラメルといい、ホント凄い。

金曜日。ノー残業デーが霧散。21:00過ぎに退社。帰りがけに都心のスーパー銭湯へ行く。池辺葵『雑草たちよ大志を抱け』を読む。煌びやかではない女子たちが、学校生活を送る話。煌びやかではないという劣等感はあるが、それを極大化せず等身大のものとして抱えているJKを切り取っている。

最近、FEELの漫画が面白い。恐らく前から変わらぬ面白さなのだろうが、私の趣味が変わったのだろう。

土曜日。炊事洗濯掃除を済ませ、自宅のテレビでゼロックススーパーカップを見る。レオシルバ無双。今年も鹿島は強い。この日の西川や昨年の東口の出来を見る限り、いよいよ我らがレイソル中村航輔A代表に呼ばれる日も近いのでは、と思える。来週の開幕が楽しみ。
歯医者へ行く。大きな口が開けられなくてホント申し訳ない。ここ最近継続している心折イベント。
長嶋有『三の隣は五号室』を読み始める。

三の隣は五号室

三の隣は五号室

面白過ぎる!一つの集合住宅で、色々な部屋に暮らす人々をオムニバス形式でピックアップする話というのは割とあるが(最近だとサザンウインドウ・サザンドアとかが良かった)、同じ部屋の歴代住人を三人称時点で時間軸を自由に行き来して描いているのは珍しい。単純にそれぞれの生活を描くだけに留まらず、前の住人が残したもの(勝手に付け替えた蛇口のレバーとか)を呼び水にして、様々な住人の日常的思考が広がって行く。長嶋有の誰にでも擬態できる感じが満遍なく活かされている。

何となく仕事に圧殺されている気がした1週間だったけど、意外と漫画とか小説とかを読めているからまだ大丈夫な気がする。