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あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

アニメ・漫画・小説・ゲーム等のフィクション作品の感想をゆるく綴ります。

【感想】『ビニール傘』岸政彦

小説 感想

ビニール傘

ビニール傘

社会学者として活躍する著者の小説デビュー作。社会学者としては、社会的・経済的弱者に焦点をあてた「生活史」なるものをメインに活動しているらしい。エスノグラフィみたいなもんかと思っていたけど、著者本人曰く「エスノは事実を小説風に書くが、生活史はありのままの声を記録する」らしい。なるほど。
そういう観点で言うと、この作品は著者なりのエスノグラフィと呼べるかも知れない。

表題作『ビニール傘』は、2章構成となっている。1章は、明確な主人公不在で、大阪で侘びしさを携えながら生きている男性5人の視点がシームレスに移り変わる、という語り口。良くも悪くも本当に無駄のない最低限の文章で、5者5様の生活を別の物として描きつつ、どこか似たり寄ったりで、また通底した不安感や人恋しさを炙り出している。2章は和歌山から大阪に出てきてガールズバーバイトして和歌山に帰る女性の物語。こちらはこちらで、淡々とした筆致で上阪から帰郷に至るやるさなさを描いている。大阪の街に住むやるせない人間たちの生活の断片を、淡々とした小説という形式に落とし込んでいる。街への、またそこに生きる人間たちへの観察眼は、社会学者として培った経験が十分に活かされているように感じる。

併録の『背中の月』は、突然妻に先立たれた男性の喪失の物語。こちらも語り口は違うものの、「大阪」「侘びしさ」というワードは『ビニール傘』、ひいては社会学者・岸政彦の研究テーマと合致する。『ビニール傘』ほど断片的では無く、ある程度の塊として物語が語られている。過去と現在の時制が入り乱れることはあるが。

2篇とも固有の人間の生活の断片が描かれているが、通底した普遍の侘びしさがある。物語を利用してその侘びしさを乗り越えようとするようなものではない。淡々とした筆致で、(恐らく著者が見てきた)ありのままの人間たちのやるせない生活を提示している、そんな作品だった。