あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

アニメ・漫画・小説・ゲーム等のフィクション作品の感想をゆるく綴ります。

【感想】『ぱらのま』kashmir

ぱらのま 1 (楽園コミックス)

ぱらのま 1 (楽園コミックス)

表紙のお姉さんがひたすら鉄道に乗ったり散歩をしたりで一人旅を続ける話。基本は一話完結で、様々な場所を練り歩いていく。前作『てるみな』は、旅人役にロリィな猫耳娘を配し、路線や土地も現実をモデルにしつつも架空のトンデモSF設定を混ぜ込んで、旅の途中で異世界チックな世界に足を踏み入れていくファンタジー色の強い鉄道旅モノだったが、本作はそういったファンタジー部分は鳴りを潜め、現実世界に即した形での鉄道旅モノとなっている。出てくる駅・路線・土地もすべて実名。

他の多くの旅モノでは、「旅先で出会う人情」とか「心洗われる景色」とかを目指していて、旅はあくまでそれらに至る手段として扱われているが、本作は違う。本作は旅自体、お姉さんが好き勝手に脳内解説しながら様々な鉄道に乗って様々な土地を散歩すること自体が、目的となっている。

このお姉さん、もとい作者の土地の成り立ちや鉄道への造詣の深さ、マニアックな知識、言い換えれば愛を楽しむ作品となっている。「観光地らしい観光地はあまり行かない」というお姉さんの趣向も良い。

山口県だとたとえばどういうところへ行きたいんですか」
「え、うーん U部興産専用道路ですかね」

このマニアックさたるや。なんでも日本で一番長い私道らしい。界隈の人はともかく私みたいなズブの素人からしてみれば、知らんがな、と言いたくなる。これは氷山の一角で、本当に日本全国津々浦々幅広い土地に出向いて旅して語っていく。

こういうマニアックな知識を語りつつ、それを飽きさせずに楽しく読ませることが出来るのは、ひとえに作者の力量だろう。『○本の住人』『百合星人ナオコサン』等、元々は可愛い女の子たちによるギャグを得意としていた作者である。本作でもキャラは可愛いし言い回しも単調でなく、コメディとしても面白い。その辺の作品よりはシュール感・ハイテンションは控えめで、淡々としているけれども。
特に「新宿ってボスっぽい」という発想から始まる、東京近郊の各駅をRPGの敵役に勝手に割り当てていく話は、妄想暴走コメディとして秀逸。「練馬とか成増とかはかなり弱そう」「日暮里あたりはボスの座を狙ってそう」「北千住は悪!」と、結構ボロクソ言っているのだが、何となく頷いてしまう。言い回しの上手さ、鉄道の知識、そして確かな観察眼というか、何となく存在するパブリックイメージを巧みに摘み取って言語化してRPGに落とし込む力量、全てが揃ってこその秀作である。
その他にも、「小岩の女子高生はスカートが短い」「さすが都電荒川線 1駅に2人は老人が乗ってくる」「西伊豆は1人歩きがよく似合う 東伊豆ではこうはいかない」等、土地の特色をよく捉えた上で先鋭化させている。
マニアックな事が書いてあるのだが、知識をひけらかす、という感じは一切ないのは好感度高し。知識が先行することなく、しっかりと風景を描いた上で解説をしてくるので、語り出す必然性があるのが良い。

そして何より、時間もお金も気にせず気ままに無計画に一人旅を続けるお姉さんが羨ましいことこの上ない。有り余る時間も底を尽きない資金力も一切説明がないが、それで良い。大した知識は無いが、鉄道を乗り継いで見知らぬ土地出向き、ふらっと散歩をしたくなった。