あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

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【感想】『サザンウィンドウ・サザンドア』石山さやか

サザンウィンドウ・サザンドア (フィールコミックス)

サザンウィンドウ・サザンドア (フィールコミックス)

幼い頃、高島平団地に住む祖母の家に遊びに行く時、毎回言いようの無い高揚感を覚えていた記憶がある。新宿のビル郡とも違う、あの画一的で無機質な直方体の建造物がいくつも連なっている光景に、圧倒されていた。また幼馴染が団地に住んでいたり、今の職場近くに団地郡が存在していたりと、私自身は住んだことは無いが、何かと団地に縁がある。

「団地」という概念は何か不思議で、建物自体の無機質さとは裏腹に、マンションやアパートといった他の集合住宅とは何となく一線を画している印象がある。雑多で色んな世代の人々が住んでいて、「憩いの広場」みたいなところでの交流があり、ワイワイやっていて、都会では死んでいる、緩やかな地縁的共同体がまだ生きている。実際のところは知らないけど、そんなイメージを持っている。

で、本作。『千の窓・千の扉』と題された本作では、そんな団地を交差点とした、多様な人々のミニマムな生活や交流を、全12編のオムニバス形式で丁寧に描いている。

各話のフォーマット自体は、何かに悩んでいる団地の住人が、世代が異なる別の団地の住人と出会い、交流し、悩みが解決していく、というものが殆ど。しかしそのフォーマットの繰り返しでも全く飽きずに読み進められるのは、一つの団地に住む多種多様な登場人物が、それぞれ個別の生活を営んでいるという当たり前の事実を、きちんとした観察眼で丁寧に切り取っているからだろう。

花火大会に行く行かないで喧嘩をしてしまった夫婦。学校の宿題でご近所地図を作る小学生。進路に悩む女子高生と野良猫に餌を与える老婆。その他にも本当に様々な、けれども突飛ではない地に足着いた人々が生活を送り、些細な交流を育んでいる様子が描かれている。

もちろん、現実の団地というのは、居住者の高齢化や老朽化など、後ろ暗い問題も孕んでいる。作者としても、そこを無視しているわけではない。

例えば、進路未決女子高生と野良猫餌老婆の会話。

「……若いのはいいねぇ」
「全然いいことなんてないですよ やりたいこともわからないし」
「でもそれすらうらやましい 私はもう99%ここでのたれ死ぬけど あんたはこれからどこへでもいける」

このエピソードの主人公は女子高生の方で、最終的には進路という悩みに折り合いをつけるのだが、その裏で老婆は(明言はされていないが)孤独な死を迎えている。

とはいえ、このエピソードを含めて、基本的にはハートフル。団地という共同体で生活を送る多様な人々を、ノスタルジーに頼らず、前向きに柔らかい筆致で丁寧に掬い取っている傑作だった。

P.S.「団地を舞台」といえばこれ。全漫画の中でも3指に入るのでは、というくらい好き。