あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

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【感想】『やがて君になる』仲谷鳰

 

生徒会が舞台の百合漫画…と言ってしまうとありふれているようだが、心地よいようで今にも崩れそうな絶妙な距離感を、透明感溢れる筆致で描いている本作には、他の類似した作品にはない魅力がある。

他者からは完璧と見られがちだがそれは頑張って演じているだけの生徒会長・七海燈子と、特別という感情、ひいては恋愛というものをイマイチ理解しきれない生徒会新人・小糸侑が距離感を詰めていく話。

この七海先輩、表は完璧生徒会長、裏では何というかチワワ系で、侑に迫る甘えるキスをねだる。最初は戸惑いを感じていた侑も、まぁ徐々に受け入れてはいく…のだが、キスを受け入れる段になっても、「自分は七海先輩が好きなのだろうか?」と自問する。その自問自体、ひいては「私は人を好きになれるのか?」という根本的な問題が、侑を苛んでいる。寂しさを抱かせている。

「寂しいと思ってた 誰も好きになれないなんておかしいとか わたしもみんなみたいになりたいって」

「今は思ってない?」

「…七海先輩がそのままでいいって言ってくれたから 好きって言われても好きって返せないわたしのことが好きだって そう言ってくれるから 今はもう寂しくないかな」

——『やがて君になる』 3巻 第15話

上記は、侑と生徒会同期・槙くんとの会話。槙くんも侑と同じく「特別って何ぞ」側の人間で、しかもそれを進んで受け入れている節がある。侑も受け入れているような発言を上でしているが、寂しそうな顔をしながらの発言であり、その内心では寂しいのである。嘘である。もっと具体的に言えば、「心の底から七海先輩のことを好きになりたい」という気持ちと、「それでも好きと感じられない」という気持ちが同居している。切ない。能動的なキスもできない。

この「好きになれない」というのは、百合的な意味というか、「女の子同士なんて…」という次元ではない。侑のコレが先天的なものか後天的なものかは現時点では不明だし今後説明されるかも分からないし説明なくても良い部分だと思うが、この2人が真のハッピーエンドなるもの(定義不明)を迎えるには、乗り越えなければならない。この葛藤の丁寧な描写が、他の作品にはない、本作ならではの魅力である。

次巻からは、七海先輩の過去が明かされる(ような気がする)生徒会劇及び文化祭編に突入するようだ。この2人の行く末を決める出来事になるのでは。どのような形でも、幸せにしてあげて欲しい。