あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

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【感想】『アリスと蔵六』今井哲也

 

アリスと蔵六 7 (リュウコミックス)

アリスと蔵六 7 (リュウコミックス)

 

 「アリスの夢」と呼ばれる、想像したことを実現させる不思議な力を持つ少女・紗名と、彼女の周りで巻き起こる事件や日常を描いたファンタジーでSFな本作。紗名は研究所に閉じ込められており、その中で「ワンダーランド」と呼ばれる不思議空間を創出するなど、「赤の女王」という二つ名に違わぬ不思議能力を振るっていたが、「外の世界」を知り研究所から脱走、そこで花屋のお爺さんである蔵六に出会い、様々な事を教わっていく。蔵六は「曲がった事が大嫌い」という信念を持ち、超能力云々など意に介さず、紗名を「1人の人間」として扱い、時に優しく時に厳しく接する。またそれと並行して、研究所やらワンダーランドやらアリスの夢やらが「外の世界」へ流出しつつあり、政府の対応やら何やらと、大きな物語も描かれる。

  といいつつ、この作品は結局は「人間の幼児期からの成長・脱却」、もっと言えば「社会への適応」を描いているように思える。恐らく誰しもが、ある意味「無敵」だった時代があるだろう。それは幼く未熟で、善悪の区別もつかず、社会という「制約」を知らなかった頃。我々は無限の想像力を持っていた筈である。幸か不幸か、我々は親や幼稚園の先生から、善悪を学ぶ。倫理を教わる。制約を知る。また心の繋がりを得て、それを失いたくない、傷付けたくないという気持ちが芽生える。それは社会で生きていく上では欠かせない事だし、成長するという事である。しかし一方でそれは無限で無敵の想像力を意識的または無意識的に制御することに繋がるのだ。

 本作に話を戻す。初めの方では周囲を顧みず思うがままに能力を使って滅茶苦茶にしていた紗名は、蔵六を初めとした周りの大人や友人と出会い、それがいけないことだと学ぶ。徐々にではあるが、「外の世界」に適応していく。勉強をして、学校にも通うようになる。無闇に能力を使わなくなってくる。能力の使用と引き換えに、社会の制約を学んでいる。大切な友人を得、傷付けたくないという気持ちを育んでいる。つまりは成長しているのである。また、紗名以外の後天的な能力者は、「能力が発現した時に想像していたもの」しか能力で扱えないという縛りがあるが、これも想像力の衰退を象徴しているように思える。

 6巻から始まる第3部では、「赤の王」という紗名以上の能力を持った少年が登場する。彼もまた善悪の区別がついておらず、紗名とは異なりそれを教えてくれる人間もいない。自らの楽しい気持ちだけを追求して能力を駆使し、「外の世界」に「ワンダーランド」を流入させる。周囲の人間によって成長した紗名との対比が見て取れる。

 人間の成長譚としても一級品だが、SFファンタジーとしての能力設定や空間の絵面も素晴らしい。ワクワクするし、まさに「ワンダーランド」という感じがするので、読んでて全く飽きない。特に最新巻の7巻では、メイド魔法少女(中身は優しく凛々しい婦警)と赤の王のバトルが描かれているが、これがまた良い。めでたくアニメ化するようで、バトルシーンへの期待も高まる。

 今後は、どうやら蔵六の過去が描かれるようである。彼の信念がどのように形成されていったのかをどう説得力を持って描くのか、非常に楽しみである。