あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

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【感想】『あげくの果てのカノン』米代恭

 

あげくの果てのカノン 1 (ビッグコミックス)

あげくの果てのカノン 1 (ビッグコミックス)

 

 

  本作は、SFとヤンデレと不倫と恋愛論が絶妙に絡み合っている作品である。

 主人公のカノンは、高校生の頃から一途に境先輩というイケメンに恋をしている。所謂ヤンデレである。まぁ包丁を取り出したり鎖で縛ったりするタイプではなく、例えば服にレコーダーを忍ばせ先輩の声を録音して家でリピートして悶えるという、ひっそりと妄執的にストーカーまがいの行為に及ぶタイプのヤンデレである。地味目な感じの。

 で、この世界というのは普通の現実的な感じの世界観ではなく、「ゼリー」とかいう異星生物と戦いを繰り広げているSF的世界観なのである。件の境先輩は、この異星生物と戦う何か凄いエリートなのである。

 異星生物と戦う系の恋物語というのは昔から、戦う人間が生と死が隣り合わせで、それでも愛し続けます…みたいなものが王道であるが、この作品は違う。

 SF的設定の、恋物語への活かし方というのが巧みである。まずこの世界の異星生物と戦う人間(境先輩等)は、戦闘では死ににくく、「死に瀕して…」という場面に起因する悲恋的な描かれ方はされていないし、される気配もない。代わりに、「修繕」という仕組みがあって、戦闘で損傷した部分の回復を指すのだが、この修繕には趣味嗜好性格等も微妙に変えてしまうの性質があり、これをフックとして新感覚の恋物語に仕立て上げている。

 冒頭で、作品のテーマに不倫を挙げているが、境先輩は既婚者である。修繕を繰り返して本来の性格に比して軽薄になってしまったり、「今好きな人」が修繕によって作られたのなのではという不安と諦念があったりと、境先輩の苦悩も語られているが、やはり主人公カノンの葛藤とか恋心とかが最大の本作の見所だと思う。不倫をしていることの罪の意識…などは古今東西あらゆるジャンルで語られているだろうが、これが漫画的に可愛く描かれているので、辟易にはつながらない。むしろ罪悪感でへこたれていた直後に境先輩にやさしくされてころっと嬉しくなっちゃっている姿を見るのは、癒しである。またカノンはカノンで、「今の軽薄な先輩」ではなく「高校時代の先輩」を引きずっており、果たして自分は「今の修繕で変わりつつある先輩」を好きと自信を持って言えるのか?みたいな葛藤もある。その辺のアンビバレントな感情が、整理されないまま垂れ流しにされているのが良い。超個人的にだが見た目もめっちゃ好き。地味細メガネでたまにメイド服(ケーキ屋制服。)

 2巻では、境先輩の妻(修繕を食い止める研究をしている、病み気味)が登場したり、カノンの義弟が実はカノンに恋しているっぽい事実が発覚したりするなど、漫画的な引きも強い。主人公と境先輩を加えたこの4人の人間模様が、SF設定の進行に絡めて描かれていくだろう。今後とも期待。