あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

アニメ・漫画・小説・ゲーム等のフィクション作品の感想をゆるく綴ります。

【感想】『淵の王』舞城王太郎

淵の王

淵の王

舞城王太郎という作家は、理不尽・悪・恐怖といったものに、愛と勇気を持って立ち向かう人間を主人公に添えることがほとんどだ。
短編ではそれをストレートに描くし、長編だとSF・ミステリ・メタフィクション的な要素を混ぜ込んで物語を進めるが、根本のテーマは変わらないように感じる。(その1つの到達点が、『ディスコ探偵水曜日』だろう。

ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)

ディスコ探偵水曜日〈上〉 (新潮文庫)


で、この『淵の王』も基本線は変わらない。

ジャンルとしては、ホラーになるのか。怪談とか、「真っ暗坊主」という人を喰らうお化け的存在とか、呪いとか。けど単なるホラーというわけでもなく、そのホラー要素やホラー要素を生み出す悪意ある人間に、愛と勇気と正義感、いわば「善」を持って対峙する人間が描かれている。
本作は、以下の三章から成り立っている。
・第一章 中島さおり
・第二章 堀江果歩
・第三章 中村悟堂
まず特筆すべきは、物語の語り手である。
例えば中島さおりの章では、中島さおりを「あなた」と呼ぶ、背後霊的存在を通して、中島さおりの行動が語られる。他の二章についても同様の形式が取られている。
この語り口が、まずもって素晴らしい。背後霊的な存在は、各章の主人公への愛で溢れている。しかし、主人公も含めてその存在を誰も認識していない、無力な存在なのだ。その歯痒さ、もどかしさが、良い。

ちなみに、どうやら各章で主人公を務めた人物が、別の章の語り手になっているっぽい。明確な描写はなく、「想像の余地あり」っていう程度だが。時系列とかは無視で良いと思う。舞城の作品は、そういう不思議なところに理屈を求めて楽しむものではないと個人的には思う。それに作中で、こんなセリフもある。
堀江さん、時間ってどうなってるんだと思う?過去と今と未来って、俺らにとっては流れるものだけど、実際に、俺らがどこかに留まっていて、そこを時間が通過しているのかな?それとも過去も未来もなくて時間の経過は一冊の本みたいに全て書かれて全部一緒に存在してて、何かが開いているページ、あるいはその何かが読んでる文字、そういうのが今ってこともあるかな?(『淵の王』160頁)
気にしなくていいよ。人生に起こる不思議とか謎とかの一つ。どうでもいいんだ。余計な追求をするなってのが、不思議とか謎が送るメッセージだよ(『淵の王』317頁)
で、守護霊的語り手を務めていた時の感情が、主人公を務めた時の行動につながっている(ような気がする)。
例えば、堀江果歩の章では、中村悟堂が語り手を務めている(と思われる)。
堀江果歩は、第二章のラストで、真っ暗坊主に喰われてしまうのだが、語り手・中村悟堂は真っ暗坊主に堀江果歩の敵討ちを誓う。その後、中村悟堂は、第三章で、真っ暗坊主を撃退する。
その気持ち・決意の連鎖みたいなものも、本作の魅力の一つである。

ホラー・二人称的語り手など、形式的な部分を取り出せばいつもの舞城作品とは異なるかもしれないが、物語的にはいつも以上に舞城である。理不尽な悪意に、愛と勇気を持って敢然と立ち向かう主人公。それを見守る語り手たち。往年の舞城ファンはもちろん、舞城作品に触れたことがない人にもぜひ手に取ってもらいたい一冊だった。