あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

アニメ・漫画・小説・ゲーム等のフィクション作品の感想をゆるく綴ります。

【感想】家屋八景(筒井康隆)〜心象を表現する装置としての七瀬

プチSF×シニカル家族小説

筒井康隆作品にあまり触れたことがなかった。
アニメから入った「時をかける少女」、なんか話題の「旅のラゴス」、最新作の「モナドの領域」くらいだった。
前情報というか、僕が元々持っていた筒井康隆のイメージは、シニカルなSF作家という感じ。
家族八景は、まさにそんな筒井像ドンピシャの作品だった。
時をかける少女 [Blu-ray]

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人の心を読める火田七瀬という少女が、その能力を隠しながら、家事手伝いとして八つの家庭を転々とする、というのが大筋。
超能力を巡るSFバトル!とか、能力を駆使して事件解決!という展開にはならず、ひたすら家族(人間)の醜さ、脆さを描いている。
(因みに続編では超能力を巡るSFバトルが展開されるらしい)

上辺では仲良く過ごしている家族が、裏ではお互い憎み合い、他に愛人を作り、最終的に崩壊していく…というのは、家族小説としてはありがちだ。
ただこの小説が特徴的なのは、その裏の心理描写を、すべて七瀬を通して客観的に描かれている点だ。
このSF的設定が、とてもはまっている。
家庭の愛憎劇や崩壊劇を当事者たちの視点で語ろうとすれば、感情の振れ幅が激しい、ともすれば読んでいて疲れてしまう小説になるだろう。それでは、筒井康隆の芸風であるシニカルな小説にはなりづらい。
読心能力というSF設定を家庭愛憎劇に持ってきて、七瀬に第三者的かつ冷静に語らせることにより、「シニカルで淡々と進む家庭崩壊劇」を見事に成立させている。副次的な効果として、全編を通して七瀬の1人称で進む文体と、登場人物全員の思考描写が無理なく同居し、家族崩壊に説得力をもたらしている。

家族八景 (新潮文庫)

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七瀬を除いた登場人物の全員が、利己的で、肉欲か虚栄心か金欲にまみれている。それが露呈し、家族は崩壊に向かう。その露呈は、七瀬に因る時とそうでない時があるが、何れにしても展開に無理がなく、それぞれの利己的な心・行動がぶつかり、鮮やかに崩壊していく。

この小説を読んで、「家族ってなんだろう」とか「倫理道徳とは」みたいなところに考えを巡らせることはない。(個人的には)あくまで筒井康隆お得意のSF設定と冷笑的な物語・文体の噛み合いが素晴らしい、お手軽エンタメとして楽しんだ。