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あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

アニメ・漫画・小説・ゲーム等のフィクション作品の感想をゆるく綴ります。

【感想】バビロンⅠ-女-(野崎まど)

 

バビロン 1 ―女― (講談社タイガ)

バビロン 1 ―女― (講談社タイガ)

 

※ネタバレを含みます。

「斜め上の斜め上」「SFミステリ風チート女」

野崎まど作品の筋は、大体見出しの二つの要素で説明できる。デビュー作の『[映]アムリタ』や、初期野崎まどの集大成『2』はまさにそれである。ここでは詳細を語ることはしないが、奇抜な発想による独自の世界観(というか作品の中のルール)+先の読めない展開+超然な能力を持つ女キャラ、これらを違和感なく一つの作品に昇華して提示するのが、野崎まどという作家なのだ。

 

2 (メディアワークス文庫)

2 (メディアワークス文庫)

 

※ちなみに『2』は滅茶苦茶面白いです。ただし、[映]アムリタ以下メディアワークス文庫から続けて出ている5作品を先に読んでおきましょう。

 

それゆえに、本作のあらすじを見たときは、少なからず不安があり、発売してからも中々手が伸びなかった。本作は、「検事モノ」であるのだ。お得意の、そして僕が魅力に感じている「SFミステリ風チート女」をうまく溶け込ませることができないのではないか?という、浅はかな不安を持っていたのだ。

そして、その不安は杞憂に終わりました。

正義とは、という問い立て

まず、物語の筋である。

東京地検特捜部の検事・正崎善は、ある製薬会社と大学が関与した研究の不正事件を追っていた。捜査を進めていく中、大物政治家の影がちらついてくる。その先には、「新域知事選挙」の不正があった。新域は、表向きは首都機能分散による更なる経済発展の核となる地域とされているが、その本当の目的は新法の試験運用を目的とする国家の実験場だった。しかし、不正=悪という単純な図式は成り立たない。各候補者や各業界の重鎮、そして検察までもが結託し、候補者内最年少の斎開化を当選させる目的は、改革を推進する熱を民衆に波及させることである。それは果たして悪なのか?という疑問を持ちながら、正崎は捜査中に発生した部下の自殺の謎を追い続ける。そんな中、新域知事選挙の不正に携わったもののうち、当選者斎開化の一派が忽然と消える。斎開化一派の本当の目的は、新域を、「死」を許容する世界にすることだった。その裏には、選挙不正でもひと役買っていた魔性の女・曲世愛の存在。すべての男を虜にする彼女は、「死を望ませる」ことすら可能なのだ。死を望ませられた人々が、新域庁舎から身を投げ出していく―。

 

相変わらず、「斜め上の斜め上」を行ってくれるし、「SFミステリ風チート女」も健在だった。途中までは割とまっとうな「捜査モノ」として進んでいくが、主人公の部下の自殺など、「まっとうな方法では見当がつかない」謎やズレ、違和感を残してもいる。そのズレが段々大きくなっていき、果ては「新域知事選挙」の不正。ここで「斜め上」だ。その後、ラスト十数ページで、更に「斜め上」に行く。「チート女」曲世愛の存在を絡めながら―。

まぁ、まだ一巻なのでどう転ぶかわからないけど、今までの作品と同じかそれ以上に楽しく読めた。二巻も楽しみである。

 

で、この作品は、「正義とは何ぞや」みたいな話も絡んでくる。

主人公の正崎善は、正義に対して忠誠にも似た感情を持っている一方で、基準の明文化はできていない。まぁ、そりゃそうだろう。法治国家に生きている以上、「法律」というのは一つの指針になりうるし、実際に正崎はそこを拠り所に、日々の職務にあたり、今回の不正選挙も暴こうとしてきた。けど、個人単位での正義や善悪の判断には、法律以外の部分も大きく絡んでくるだろう。そこを明文化するのは難しい。

物語が進んでいくうちに、平松という女(実は曲世愛)の事情聴取(というより問答)や、検察が絡んだ選挙不正、そしてその不正の目的が必ずしも悪とは言えない(国内未承認新薬の承認を目指して、多くの命を救う、などなど)という気づきを通して、正崎の「正義」への疑念は深まっていく。

ここで止めておいても、「正義とは何ぞや」というテーマの提示は十分になされているだろう。しかし野崎まど、やはり一筋縄ではいかないのである。

ラスト十数ページで明らかになる、斎や曲世の真意(曲世は読めないが)。それは、法律的・宗教的・道徳的に「死」を許容する世界の構築である。そこでは、生に繋がるあらゆる行為―食事・睡眠等々―と、死に繋がるあらゆる行為が、あらゆる方面から同価値と見なされるのである。

曲世に「死を望ませられた」人たちは、死が許される世界で、庁舎から身を投げ出してしまう。その行為を魅力に感じ、純粋に死を楽しみながら。正崎は、ラストで曲世を「悪」と断言している。「正義とは何ぞや」という問いに答えを出せないことを自覚しながら。

 

で、曲世は本当に「悪」なのだろうか、というのが二巻以降の「正義とは何ぞや」というテーマの主軸になってくるのではなかろうか(他にも、「死」を許容する目的の是非あたりも絡んできそう)。

感覚的には、曲世は「悪」だと思う。他人に死を望ませる行為を、僕らは直感的に忌避する。法律的にも宗教的にも道徳的にも死を許容する受け皿がない世界でしか生きてきていないから。しかし、人に死を望ませるという行為と、例えば僕が野崎まどの作品を人におすすめする行為が等価値として認められる世界において、曲世の行為を単純に「悪」と断言することは、なんだか骨が折れそうである。

 

物語の筋としてのどんでん返しが、「正義とは」という観念的なテーマをもう一段階上に押し上げる結果となっている。野崎まど恐るべし。 

 

まぁ、野崎まどは本当に先が読めない作家なので、次巻ですべてをぶん投げてくる可能性も十二分にあるので、ほどほどに期待して春を待ちます。

 

野崎まど繋がりで、いつかファンタジスタドールについても綴りたい…。

 

ファンタジスタドール イヴ

ファンタジスタドール イヴ

 

 

これからの「正義」の話をしよう (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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