あの青い作業着を脱ぎ捨てて。

アニメ・漫画・小説・ゲーム等のフィクション作品の感想をゆるく綴ります。

【感想】ARIA The MASTERPIECE(完全版)と、ARIAの魅力についてのお話し

2015年は『ARIA』の年

 2015年は旧来のARIAファンにとって、夢でも見ているんじゃなかろうかというほどに充実していた。TVアニメ放送開始10周年を記念し、『ARIA 蒼のカーテンコール』というプロジェクトのもと、劇場映画公開やBlu-rayBOXの発売など、大小様々な企画が催された。僕の懐も、夢だと信じたくなるほどに寒くなってしまった。

そのプロジェクトの一環として、2016年1月から、ARIAの原作コミックが完全版で順次発売される(全7巻)。僕はすでに原作は所持していたしお金もないので購入するか迷っていたが、1巻を書店で見かけた瞬間にレジに向かっていた。あの表紙にはそれほどの魔力があるのだ…。

結論として、購入して正解。最大の魅力はやはりカラー。カラー原稿が存在する部分はカラー版が収録されている。あとは新規絵の存在も大きい。版型や紙質もよく、まさに完全版。ありがとうマッグガーデン

完全版の続巻を待ち切れず、ARIAを再読した。今更感が強いが、この作品の魅力を滔々と語っていきたい。

ARIA』の魅力は、最終巻に詰まっている

ネオ・ヴェネツィアという水の都を舞台として、一人前の水先案内人を目指す主人公・水無灯里とその周りの人々がゆるーい日常・時々ちょっぴり非日常を味わっていく一話完結型の物語。時折意見がぶつかることもあれど、その話の中ですべて丸く収まるという安心感。かといって単なる美少女動物園という安易なものでは決してなく、各話ごとに登場人物が小さな成長を重ねていくような、成長物語の側面も少しある。

こんな印象を、連載中は抱いていた。こういう可愛い娘たちのゆるーい成長物語が半サザエさん時空で延々続いていくものだと、このぬるま湯こそこの作品の魅力だと漠然と信じていた。11巻でアリスちゃんが飛び級昇格するまでは。

64話(11巻)で、主人公格三人娘のうち最年少のアリスが、水先案内人見習いから半人前を飛び越えて一人前に昇格を果たすところから、大きく物語が動き出す。半サザエさん時空の終焉だ。そこから堰を切ったように、三人娘の一人・藍華も一人前に昇格。残された灯里も昇格し、灯里の師匠・アリシアは結婚、めでたしめでたし…となればよかったのだが、そこまで単純には行かない。そしてそれゆえ、僕の中でこの作品が特別なものとして今も敬愛してるのだ。

 夢を叶えて一人前となると、当然仕事量が増える。今までのように、毎日のように一緒に練習ことはできない。どころかほとんど会えない日々が続いていく。そして、アリシアの寿退社。三人娘と忙しい合間を縫って会うが、寂しさは拭えない…。それでも、灯里は前を向く。

「今やっとわかりました 私もずっと怖かったんです」

「アリスちゃんの飛び級昇格 藍華ちゃんの昇格と支店長就任 アリシアさんの結婚と協会栄転 そして私の昇格」

「どれも本当に幸せで とても嬉しいことなのに もう二度と会えなくなるわけではないはずなのに 変わっていくことがどうしようもなく不安で怖かった」

「たぶん私はこの大切な時間と居場所がずっと変わらずに続いていくんだって 心のどこかであたりまえのように思っていたんです」

「だからそれが変わってしまうのが怖くて 立ち止まろうとしていました」

(ARIA 12巻 第59話より)

 寿退社するアリシアさんのARIAカンパニーでの最終日、灯里とアリシアはそれぞれの心情を吐露する。上の引用は、「一緒に居られる愛おしい時間を失いたくなかったので、灯里の昇格を先延ばしにしていた」というアリシアの告白に対する、灯里の言葉である。独白は続く。

「一緒に歩いている時はみんな同じ道を歩いているように感じます だけど本当は違う」

「みんなそれぞれ違う自分だけの道を歩いているんです その道は始まりも違えば終わりも違う けっして同じではない自分だけのそれぞれの道」

「でも私はその道を立ち止まることなく歩き続けてきたから アクアに来れて ARIAカンパニーに入社できて」

アリシアさんに…みんなに出逢うことができました」

「だから私 もう立ち止まりません」

「この道の続きに待っている みんなの素敵な未来に出逢いたいから」

(ARIA 12巻 第59話より)

灯里がこのように前向きになれたのは、半サザエさん時空のゆるーい日常過ごしながら、様々な人と出会って、どんな些細なところからも幸せを発見してきたからであろう。灯里は幸せの達人さんなのだ。また、主人公三人娘の師匠たちの存在も大きい。何の因果か(?)師匠三人も、主人公三人娘のような関係であり、同様の足跡をすでに辿っているのだ。

最終話で灯里は、 師匠三人娘の馴れ初めを聞かされた時のアリシアたちの言葉を思い出す…というよりその幻をARIAカンパニーで見る。

「あの頃の楽しさに囚われて 今の楽しさが見えなくなっちゃもったいないもんね」

「あの頃は楽しかったじゃなくて あの頃も楽しかった…よね」

「きっと本当に楽しいことって比べるものじゃないよね」

「あっ でもワンポイントアドバイス 今楽しいと思えることは今が一番楽しめるのよ」

「だからいずれは変わっていく今を この素敵な時間を大切にね」

(ARIA 12巻 第60話より)

この回想―というより幻想―ののち、エピローグ的な、各キャラは今のような紹介がある。そして、灯里が一人で切り盛りしているARIAカンパニーに新入社員が入社するというラスト。構図や台詞回しは、灯里が入社してきた時のシーンを踏襲されており、師匠三人娘⇒主人公三人娘と受け継がれたものが、また次の世代に受け継がれていくような余韻を残して終わる(余談だが、劇場版の書き下ろしエピソードで次世代三人娘が結成される)。

ARIAは、一貫して「今を楽しく大事に生きよう」というテーマがあると僕は思っている。11巻までの、物語的に進展が少ない半サザエさん時空の中でも、灯里は些細なことから楽しさを見つけていく。いくつもの出会いと別れを経験する。そして物語が劇的に動き出すラスト数話で、そのテーマは今まで以上に強く提示されるのだ。夢の成就に伴うかけがえのない時間の喪失と、そこから踏み出す大きな一歩を以て。

ラスト数話に喪失がなく、半サザエさん時空のままゆるっと完結していたとしたら、僕はこの作品をすぐに忘却してしまっていただろう。ラスト数話が、今までの徹底して悪人が排除された、過剰なまでに優しいかけがえのない時間をより輝かせたのである。

 

ARIA最終巻が発売されてから、約8年が経っている。8年もあれば小学生は成人するし、高校生は社会人になっている。入社一年目の新人は、係長にでもなっているかもしれない。

僕がどの辺りの年代に属するかはアレだが、8年あれば所属も立場も変わる。出会いや別れも楽しい思い出も、人並みより少ないだろうが、ある。その折々に、今でもARIAの最終巻を読むことは多い。今から完全版の最終巻が楽しみである。

 

ARIA The ANIMATION Blu-ray BOX

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